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エコツーリズムで地域を元気にしよう!地域で活躍する気になるメンバーの活動を紹介します。

棚田を保全しながら、自分で食べるお米を作る技術を磨く「棚田学校」。先生はもちろん、地域の方々。

過疎、限界集落などの言葉が叫ばれて久しいが、全国的になかなか活路を見出せないでいる。そんな中、7年にわたって地域の再生に取り組んできたのがNPO法人かみえちご山里ファン倶楽部だ。地域住民を主役に、地域内でのあらゆる事物の自給を目指し、地域ならではの活動で外部の人々を惹きつけている。NPOの特徴とビジョンを専務理事の関原剛さんに伺った。

15年後には、伝統的な技術が消えてしまう!?

 かみえちご山里ファン倶楽部(以下 かみえちご)は新潟県上越市の西部、通称「桑取谷」と呼ばれる中山間地域を活動拠点としています。桑取谷は中山間地域とは言っても、1000m級の山々に水源を持ち、約15kmで日本海に達する桑取川を中心として、山も海もある恵まれた地域です。この水の大循環系を活かして、かつて人々は自給自足の生活を送って来ました。この自然環境はいまだ残っていますので、今でもここでは自給が可能なのです。
 この地にかみえちごが発足したのは平成13年9月(平成14年2月NPO法人取得)のことです。それまで私は、新潟のNPO第1号である「木と遊ぶ研究所」などいくつかのNPOを運営しており、杉間伐材などの地域資源を使って、地域の人が家具を製作し、販売し、産地認証のシステムによってトレーサビリティ(生産履歴管理)を可能にし、収益は地域の森林保全に役立てるという循環システムを促進していました。
古民家改修事業「ことこと村づくり学校」。地元大工より技術を学ぶ。 そのNPOで活動する中で、桑取谷を支えて来た、新田の開発や魚の獲り方、わら細工などの生存の技術について全700戸アンケート調査をしました。その結果は悲劇的なものでした。こまかく規定すれば100以上の技術が存在しているのに、それは10年でほぼ消滅、15年で完全消滅という予測が得られたのです。かつて当たり前に受け継がれていた様々な生存技術の大部分は、いまや少数の高齢者のみが持っていて、口伝のみで明文化されていないため、途絶えた後の復活もままならないということもわかりました。やはり技術は経済性と結びつかないと消えて行ってしまうんですね。このままじゃ技術はもとより地域そのものが衰退してしまう。この危機意識はNPOのスタッフだけでなく、地域、そして行政と共有することが不可欠であると痛感しました。
 市町村の広域合併も懸念材料でした。平成17年に一市六町七村が合併して上越市が誕生しました。旧上越市に桑取谷のような中山間地がいくつも加わったのです。それまで桑取谷を含む上越市西部地域は市内唯一の中山間地であったのに、合併後には中山間地で取り巻かれるようになってしまう。同じような活動をしている中山間地がたくさんあっても、上越市の予算は限られている訳ですから、なにか桑取谷ならではのことをしなければならないと考えたのです。それでなくても、全国の中山間地は税負担に苦しんだり、医療や行政サービスを受けるのが困難になったりして、ますます空虚化していますから。
 このような危機意識を背景にかみえちごは生まれました。当時はこの市町村合併を見越して、民間へ市の施設の運営・管理などの事業のアウトソーシングが進んでいたことにも背中を押されました。

協働は幻想かもしれない

 かみえちごの特徴は発足当初から地域住民が主導し、参加しているということです。全国からスタッフが集まっているかみえちごは、閉鎖的になりがちな村落同士をつなぎ、桑取谷全体として事業を進める役割をしています。地域の方は発起人として80名が参加しましたが、危機意識を持っていた人はごく一部でしたね。しかし、ただ単に参加して下さいと呼びかけるだけでは、いずれ崩壊してしまいますから、私たちは一つひとつの事業に関して、地域住民に「あなたたちが主体者なんだ」と呼びかけ、できるだけお膳立てをしないで、「どうしたいですか?」と繰り返し問いかけながら活動をしてきました。このような時、私たちに注意が必要なことがあります。よく「地域の方を巻き込む」と言われますが、これは不遜な表現です。理屈を捨てて土地に巻き込まれるべきは我々です。

 また自治体の言う「協働」という用語も幻想かもしれないと思うようになりました。自治体はNPOを勤労奉仕団体としか思っていないようで、協働の名のもとに自治体が要求したのは、極端に言えば、鍵の開け閉めなど時間や量で測れる「労働」でした。一方、私たちが行なうのは、地域特性に合わせた多様で総合的なソフト面での「活動」でした。こうした認識のギャップに気づいたことも成果でしょう。
 地域への自主的な参加も量で計られるものではありません。活動にがっちり関わることはできないけれど、川のゴミ拾いだけでも参加したい。それでも良いと思います。みんなで一緒に汗水をたらしているという感覚を共有する。とにかく心理的に共通するベクトルを持ち、それを維持していくことで、地域が少しでも良い方向に進めばいい。「そういう方向に進み出したかなあ」7年経った今でもそのぐらいのところですよ。

田舎の強みは「あらゆうものをバランスよくまかなえる」こと

棚田を保全しながら、自分で食べるお米を作る技術を磨く「棚田学校」。先生はもちろん、地域の方々。 かみえちごには固定されたミッションはありません。地域にはあらゆる問題が複合的に起こりますから、起こり得る事すべてに対応していこうと。強いて言えば、地域の滅亡を防ぐことでしょうか。具体的に目標として掲げているのは「かみえちごが目指す10のまかない」です。これはコミュニティのなかで 1.米・野菜 2.海産物 3.森林採取物 4.植林木材資源 5.エネルギー 6.水 7.民俗伝統 8.教育 9.文化 10.産業 らを総合的にまかなえるようにしようというものです。現在、地域おこしというと、「美味しい米がとれれば」、「体験事業の参加者が増えれば」、「伝統行事を保存できれば」とかいって、これらのうちのどれかだけを伸ばして行くことに陥りがちです。でも私たちが目指すのは、これらを少しずつ全部まかなうこと。これは他の地域にない特徴だと思います。
 そもそも田舎は、自然との共存によって人間を総合化する力があると思います。都市シェルターの中で人間は守られていますが、田舎ではむき出しの自然と共存するために、人間の五体・五感をフル稼働させる必要があり、バランスの取れた人間にならざるを得ない。先ほど触れたように、あらゆるものをバランスよくまかなっていくことが大切になるんです。

森林教育では、水の大循環を含めた森の働きを子どもたちに伝えている。

都会の「保険」「精神的な疎開先」として

 具体的な活動としては、民俗・伝統行事などの地域活動の支援、記録、保存、市からの受託として生物観察、林業体験、炭出し体験ができる「くわどり市民の森」や環境学習施設「上越市地球環境学校」の運営管理、インターン生の受け入れなどがあります。

 これらの事業を行う上で大切里山・里海の暮らしの生存技能を学ぶ「四季のまかない塾」。写真はニワトリさばき。だと思うのは、どの地域であってもそこに住む人を考えずには何もできないということです。例えばそこに住む人を除いてのエコツアーは、単なるテーマパーク見学、物見遊山に過ぎないものです。そもそも、かみえちごの発足前に森林NPOの活動をしていて、「森ばかりを見ていたのでは森林の荒廃は防げない、人々の生活や文化など、地域全体を見なくては」と考え、地域の人がしていた川の清掃に参加させてもらったことがかみえちごを立ち上げるきっかけになったんです。どのコミュニティにも人が生存しているし、コミュニティの主役は人。だから、教育が大切であり、ある程度の経済性を追求しなければならない。そうでなければ自然保護もなにもあり得ない。地域の人が先生となってその地域じゃないとできない活動をする。そして、特定少数でいいから、あの人がいるから訪れたいという人がいてくれればいい。そうすれば、他の地域とのパイの取り合いにもならないと思いますよ。訪問者は住民1000人に対して、年間1000人ぐらいでいい。それぐらいだと、収益がのぞめない通過するだけの観光客の糞尿処理に悩むなんてことも起こらないでしょう。
 じゃあ、この地域でしかでき森・海・川のつながりを体感する「水・奇跡の旅」。水源の森から海までを歩いて、さまざまな体験活動を行う。ないことって何なのか。行政に頼ってもだめですよ(笑)。地域活性に対する温度差はあるし、行政の職員はNPOについての知識も乏しい。規制を緩やかにしてもらって、我々が関われることの限界を広げてもらうぐらいしか、今のところ期待できないというのが正直なところです。行政がすることってミクロな地域の特性を無視して、新潟だったらどこでも米作り体験をさせればいいっていうやり方です。そうするとA村が1000円でやるんだったらここはそれより安く800円で、じゃあうちは500円にしないとお客が来ないよといったように、ダンピングしか起こらないですから。
昔ながらの「里の結婚式」を再現。伝統文化の継承にも力を入れている。 桑取谷は効率化とは無縁の地域です。何かを大量生産することで他の地域と競争しても勝てる訳がない。生き残るためには、ここにあるすべての資源を活かして、「生産性」に対抗する何らかの「付加価値」を見出すことが必要です。それは米や魚や材木よりも、明らかに個体の特徴が違うもの。人です。人々のかたちづくる場、つまりコミュニティが、競争を回避する産業の鍵になると思います。このコミュニティという商品が最も適しているのが「不安の産業」だと考えます。
 例えば、現在、日本の自給率がどうこう言われていますが、これは都市の問題であって、特に北海道や東北の田舎だったら、100%以上ってところがたくさんあります。都市が沈没しても、田舎は死なない(笑)。そうした生存の不安に対する保険として、いままで劣等感を持ちがちだった中山間部が、都市部と対等に契約を結べるようになったんです。また、精神的な疎開先として、この地域の相互扶助組織「結い」に部分的にでも所属する事によって、子育て、学費、病気、介護など「生老病死」にまつわる不安を軽減する。桑取谷がそのようなコミュニティの先駆けとなって、同様の過疎地域に提案していけるようになりたい。そうすれば、日本の中山間地がもっと活気づくと思うんです。


関原 剛さん

1961年新潟県糸魚川市生まれ。新潟県立糸魚川高等学校卒業後、東京にて商業施設デザイン、及び商業施設の開発企画を行なう。1996年から国産針葉樹の商品開発、及び地域材流通システムの開発に携わり、協同組合ウッドワーク事務局長就任(現在は顧問)。これまで、ジェトロLL産業交流事業嘱託専門家、長野県森林保全条例検討委員会委員、上越市/住宅マスタープラン検討委員会委員、上越市/市民と行政の協働に関する委員会委員、上越市/バイオマス資源利活用推進検討委員会委員、上越市/環境市民会議委員(財)都市農山漁村交流活性化機構農村資源活用検討委員会委員を務めた。
 現在NPO法人木と遊ぶ研究所(森林保全) 理事、杣(そま)事務所代表、協同組合ウッドワーク(地域産材利用木工協同組合)顧問、ウッドストック協同組合(地域産材利用異業種協同組合)顧問、長野県上田市フォレストライフ協同組合(地域産材利用木工同業者組合)顧問、NPO法人越後府中作事組(まちづくり)理事、森林NPO(植林針葉樹産地認証協議会) CCDP代表理事、佐渡/鼓童文化財団評議委員。2002年にNPO法人かみえちご山里ファン倶楽部専務理事に就任した。

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 関原剛さん